同じ問いに、昨日と今日で違う答えが出ることがあります。
情報は変わっていない。状況も変わっていない。
それでも、昨日の自分はそちらを選び、今日の自分はこちらを選ぶ。
なぜ変わったのか、うまく説明できない。
その違いの一部は、首の状態だったかもしれません。
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判断を間違えたとき、
「情報が足りなかった」「感情的になってしまった」と後から分析することがあります。
でも、「なぜそのとき感情的だったのか」まで掘り下げることは多くはない。
その問いの先に、身体の状態があります。
脳は、身体からの感覚入力をもとに「今は安全かどうか」を判断しています。
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(ちょっと寄り道として..)
この「身体の状態と心理の関係」は、感覚的な話だけではなく、臨床的にも長く観察されてきた領域です。
例えば、デンマークで発展した創設50年となるボディワークの体系にBodynamicがあります。
このアプローチでは、筋肉は単なる運動器ではなく、発達の過程で獲得される「心理的な機能(エゴ機能)」と結びついており、その機能がどのように使われているかが、筋肉の状態として現れると考えられています。
ここで言われているのは、特別なことではなくシンプルです。身体の状態は、そのまま「世界への関わり方」として現れる、ということ。
首の緊張も、その一つの表れかもしれません。
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さて、話を戻すと、首には、全身でも特に密度の高い固有受容器(身体の位置や動きを感知するセンサー)が集まっています。
首は頭部を支えながら、視線の方向、バランス、空間内での自分の位置を常に脳に伝えています。
つまり、「自分が今どこにいるか」という感覚の土台です。
首が慢性的に緊張しているとき、これらのセンサーは過剰に信号を送り続けます。
脳はその処理に多くのリソースを使い、
神経系は「脅威を検知する」モードに傾いていきます。
つまり、脳は"落ち着いて考える"よりも
"素早く反応する"ことを優先し始めます。
このモードでの思考は、こんな特徴を持ちます。
✔︎ 素早い。
✔︎ 短期的。
✔︎ 問題をなくす」方向に向かう。
✔︎ その瞬間を乗り越えることが優先される。
✔︎ 他者の事情より、自分の防衛が優先される。
本来、これは正しい働きです。
緊急時には、この反応が私たちを守ります。
問題は、熟考すべき会話や仕事の判断、
あるいは自分との対話の場面でも、
同じモードが静かに作動していることがある、という点です。
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首が静かになると、思考の速度が少し落ちることがあります。
(余計な緊張が抜けた状態です)
そしてその「少し遅い」思考のほうが、
実際には多くの情報を処理していることがあります。
相手の表情。
状況の背景。
自分の中のためらい。
急いでいたときには見えていなかったものが、浮かんでくる。
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「感情的になっていた」と後から気づく場面の多くは、
身体が警戒モードにあった場面だった可能性があります。
そのとき「感情的になるな」と言っても、根本の解決にはなりません。
身体の状態が変わらなければ、思考のモードは変わらないからです。
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以前、湯浅康夫の『身体論』を読んでいて、
西田幾多郎のある言葉が印象に残りました。
「人間は、思考と認識の主体であるよりも、先にまず行為の主体である。認識の働きは、行為のあり方の中におのずと含まれている」
首の話をするたびに、この言葉を思い出します。
首の状態は、世界への「構え」そのものです。
その構えの中に、すでに判断の型が含まれている。
「さあ考えよう」と思う前に、
身体はすでに、どのモードで世界と向き合うかを決めています。
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何かを決めなければならないとき、
まず首の後ろに手を当ててみてください。
硬さや熱を感じるなら、首は緊張しているかもしれません。
それが悪いわけではありません。
そのまま判断してもいい。
ただ、
「今の自分は、緊張した首で考えている」
その事実に気づくだけで、
選択の幅は少し広がります。
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その後、ゆっくり息を吐きながら、
手のひらの重みを首に預けます。
押さない。ただ置く。
10秒か、20秒。
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そしてもう一度、同じ問いと向き合ってみてください。
答えが変わっても、変わらなくても大丈夫です。
確かめているのは答えではなく、
「どの状態で考えていたか」ということ。
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首が静かになると、判断が変わることがあります。
より正確に言えば..
別の自分で考えられるようになる。
つまり、別の神経状態から世界を見ることができる、ということです。
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いつも同じモードで考えていると、
思考の選択肢は少しずつ狭くなっていくことを実感する人も多いはず。
身体の状態に気づくことが、
考え方の幅を広げる入り口になります。
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「頭を使って考える」前に、
首の状態を確かめる。
それだけで、何かが変わり始めることがあります。
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こうした変化に気づきやすくするために、
私は日常の中で、身体に触れるきっかけとして道具を使うこともあります。
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執筆:早田 航(Tri-Aid 日本正規代理店)
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次回は、ひと休みの使い方について書きます。
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01 | 首は、いつから休めなくなったのか
何もしていないのに、疲れている感覚について
02 | 「効いている感じ」が強すぎるときに起きていること
刺激を求めてしまう身体の話
03 | 道具を使わなくなる瞬間について
それでも、手元にある意味
04 | 首が静かになると、判断が変わる
身体の状態と、思考の距離
05 | また日常に戻るための、ひと休み
休みっぱなしにしないという考え方